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忘れながら思い出す

記憶力が良い人に憧れる。

ネットの検索で調べれば、たいがいのことは分かる。
でも、脳からスッと取り出せる情報はやはりとても便利だ。

記憶力があまりないワタシも、何かの拍子に、忘れていた過去の出来事を思い出すことはある。匂いや湿度なんかの、感覚的な刺激がキッカケになることが多い。

記憶力が良い人は、外からの感覚的な刺激がなくとも、脳内の情報を自由に取り出せているように見える。

記憶力が良い人の脳内には棚があって、ラベルを貼ったファイルが整然と並んでいたりするのかもしれない。
あるいは、混沌とした堆積物の山から魔術的な力で、目的とする記憶を取りだすスキルに長けているのかもしれない。

前者を棚から取り出すタイプ、後者を山から取り出すタイプと仮定して想像してみる。

Aさんは棚からスッとファイルを取り出す。ラベルには《1993年の夏、恋について》とある。コレコレ、使えるんじゃないかなあ。
Aさんは作詞家で、ポピュラーミュージック用の詩を考えている。最近はスランプ気味で、中々良い詩が浮かばない。
Aさんは脳内の床にしゃがみこんで、《1993年の夏、恋》というファイルを開く。そしてすぐに閉じる。だめだこりゃ、使えねえ。

ファイルにはひとこと、あのクソアマ、という殴り書きの文字が書かれている。

…どうにもうまく想像できない。記憶力がいい人の脳内を、記憶力が悪いワタシが思い浮かべるのは難しい。

山から取り出すタイプのBさん、を想像してみる。脳内に整然とファイルを並べるAさんタイプより、とりあえず脳内を散らかしたままにしておくBさんタイプの方が親近感がわきやすいから、うまく想像できるかもしれない。

Bさんは作曲家で、今まさにポピュラーミュージックを奏でようとしている。このところBさんは絶好調で、曲のアイデアが湯水のように湧いている。
首を上下左右に揺らして小躍りしながら、Bさんは堆積物の山に魔法のステッキをエイとかざす。ステッキの先は磁石のようになっているらしい。
堆積物のなかから、何やら怪しいブツが浮き上がる。ラベルは無い、薄汚れた布の袋につつまれたそれを、Bさんが開封する。
袋のなかから出てきたのは…
(ダメダメ、ここから先は有料だよ、続きはボクの新曲を買って聴いて!とボビー。
BさんのBはボビーのB。
陽気でご機嫌なボビーは、飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっ子作曲家らしい)


とにかく、記憶力がいい人はかっこいい。取り出す内容そのものより、記憶を取り出す行為に憧れる。

棚にせよ山にせよ、何かしらの形で、彼らの脳内には記憶がストックされている。たぶん膨大なコレクションだろう。

記憶力が悪いワタシの脳内は、断捨離よろしく、あれもこれもゴミに出してしまったあとの状態なのかもしれない。
たまに思い出す記憶は、ゴミ袋に入れたまま収集日に出し忘れて押入れにしまい込んだゴミ…のような、そうでもないような、何となく残った記憶なのか。

過去のデータをゴミと捉えるかコレクションと捉えるかで、記憶力が変わってくるのかもしれない。