読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

孔雀 Away with words 三条人

自分探し、というか自分整理の旅、そんな感じの映画で。スクラップブックを作るとか、コラージュで絵葉書を作るとか…寝ている間に記憶と感情を整理するのが夢って言うじゃないですか、そんな感じの。

 
浅野忠信が演じるアサノという青年が旅をするのですが。映画の時間軸では、リアルタイムに旅しているのは香港。そこから遡って、子供のころ暮らした沖縄の海。同じく子供のころ旅した浅草の花やしき。大人になり仕事をした東京の倉庫。
リアルタイムではないけれど、人生を旅と捉えるならば、過去に過ごした場所はどれも旅先で。生まれてから香港のBARに至るまで、ずっと続いている旅の中で、アサノ青年は整理し続けるわけです。記憶を。
 
その整理の仕方はちょっと独特で、例えばAという物体を見たとき、Bに置き換えて認識してから記憶する。例えるなら、テスト勉強をしているとき、語呂合わせで覚えたりする…水兵リーベ僕の船、とか。覚えにくい情報を何とか覚えるために、なじみやすいイメージに置き換えて記憶する感じ。
 
そういう語呂合わせのような認識の仕方を、アサノはテスト勉強ではなく、小学生のころから日常生活の中で用いていて。牛乳配達の道順、予防注射の痛みなど…子供時代のアサノにとって、それを覚えておくことで危険に対する防御になるもの…衝撃に対するクッションになるような事前の予備情報を、自分の感覚に沿った変換方式でインプットしていく。
 
大人になって仕事をしたときも同様で、アサノは独自の変換方式で仕事をこなしていくわけです。トマト缶1kg=ベルリンが犬kg、とかそんな方式で。今挙げた例は私が真似てみた変換で、アサノ式の変換はもっと独特で込み入ってます。
 
そんな込み入った回路なので、数十年経つとどこかに負荷がかかってきて、一旦リフレッシュというか冷却というか、フル回転している働きを落ち着かせる必要がでてくる…そこで香港。アサノは日本語の通じない土地へ行き、広東語と英語に囲まれて、青いソファー(アサノ変換では、孔雀の匂いがする椅子)でようやく人心地がつく…ソファーは大きなクッション=情報が飛び交う中で生き抜くためにアサノが編み出した記憶の変換方式のようなクッション、でしょうか。
 
香港で出会ったケヴィンは、いつも酔っぱらって、警官にちょっかいを出しては追いかけっこに持ち込んでる。寂しがり屋なのか、退屈が苦手なのか…ケヴィンはまたアサノと違う回路で、人生を自分にとってより生きやすい形にする工夫を凝らしていて、そのやり方は時に周りにいる人々に迷惑をかけるのだけど、少しずつ迷惑をかけることでガス抜きをしているような安心感がある…、といってもそのやり方は、周りにいる人々の優しさがあって可能になっているわけで、ケヴィンを支える支柱みたいな友人がいて。それがスージー。二人の間に恋愛感情はなく、ケヴィンはアサノにちょっかいをかけたりしてる。
スージーはとても優しい女性で、泥酔したケヴィンを迎えに行ったり、ソファーに沈み込み何やら異国語でブツブツつぶやいているアサノに声をかけて落ち着かせたり、お母さんというかお姉さんというか。スタイリストの仕事をサクサクこなし、こなしながらもケヴィンとアサノをサポート。優しいっていうことは強いってことで、スージーは強いなぁと思うわけです。できることなら私はケヴィンかアサノでいたい…なんてぼやいていても仕方ないので、間をとってケヴィン+アサノ+スージー÷3で生きてゆきたい…そう、つまりこの映画を観るとどこか遠くへ旅に出たくなるわけで、そんな感じで。

 

孔雀 デラックス版 [DVD]

孔雀 デラックス版 [DVD]