読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

空回りから本回りへの千里の道のり

寒中、先輩のお母様にお会いする。お母様いわく、先輩は私を理解してるわよ、と。理解してくれているのは嬉しいなあ、と思ってその内容を教えていただくと、「繊細で空回りしてる感じ、って言ってたわよ」とおっしゃるのでガビーンとなる。


友人にそれを話すと、「繊細ではなくて弱い感じ。空回りは合ってる」と言われ、さらにズーンとくる。


理解してくれている先輩は、漫画を描きはじめてから、色々教えてくれた恩人。

同人誌を作って売ったり、漫画の持ち込みに行って凹んだりしていたけど、とにかく漫画を今よりどんどん描いていたし、結果はともあれ人に沢山会って動き回っていた。


先輩はいつも応援してくれていたけど、活動の仕方や漫画の内容をみて、思ったのだろう。

あーこれは空回りしてるなぁ と…


その場で指摘しなかったのは、先輩の優しさだったのか、いつかは空回りから本回りに変化すると思って見守ってくれていたからなのか。


そうこうするうちに空回りは止まり、カタギになれるかジタバタと動いて(これも空回りか、) やはりカタギになれる器じゃないと痛感して、また空回りからスタートしている。


いつになったら本回りになるのか、ペダルに足をつけてこいで目的地に向かえるのか。


同い年くらいの友人知人は、もう野を越え山を越え、ずいぶん遠くに行ってしまった。そういうのは比べるものじゃないよと言ってくれる人もいるけど、ずっと空回りなのが良いこととは思えない。


どうしたものか、と考えること自体も焦りを含んだ空回りで進まない。


とりあえず、今自転車を持っていないので、まず自転車を入手しようと思う。その前にお年玉を渡しに行こう。色々不義理をしているのを、少しずつなんとかしよう。


f:id:samidare1549:20161211225559j:plain

空回りの例:塗り絵で陰影の練習をする等。描かなきゃだめだ、己の絵の下手さを直視するんだ。俺よ。